朝青龍

さて、今日からこのブログは大相撲モードに入ります。
春場所の千秋楽が終わるまでは、相撲以外の記事は書きませんので、そのつもりで。

まずはじめに、もし楽しみにしていた方がいたらお詫び。

初場所の最後のエントリで春場所前にやるぞと書いた

「タメになる大相撲コラム」は都合により延期します。

朝青龍の引退があったのも、アレを書いた後でしたしねぇ。
朝青龍のことを一言も書かずにタメだのなんだのと書くのはどうかと思いまして。

ちなみにデータ的なものはちくちくと集めておりますので、
タイミングが合えば発表しますね。


さて、一応大相撲ブログをやっている人間のけじめとして
朝青龍については書いておきましょう。

かなり書きなぐりですので、内容のまとまっていない長文になると思います。

以前、朝青龍についてブログで長文を書いたところ、
せっかく頑張って書いたのに、コメントに数行の文句だけを書かれて
大変疲弊したことがあります。

朝青龍引退についてこれまでまとめなかったのは、
書くことがなかったワケではないし、思いが何もなかったワケでもないけど、
朝青龍の問題で自分が批判されるのは筋違い
だという思いが勝っていたからです。

批判に立ち向かってでも、朝青龍を擁護する!あるいは徹底的に糾弾する!
…私はそのどちらでもないのですよ。それだから、量だけは書けるのだけど
中身についてあんまり責任を負いたくないんです、正直。

なので、私は私の文責において、

”朝青龍問題について感情的なコメントを書いてしまうおそれがある”

方については、これから先の文章を読まないことをオススメします

こう忠告したにも関わらず、これから先の文を読んで、
コメント欄に感情的な内容を書きたくなってしまった場合は、
貴方の「情報選択責?」に基づいて、
コメントを書くことをグッとこらえてください。

あと、結局何が言いたい!という結論は特になく、
意見の散文でありますのでそのへんはご容赦ください。




では以下朝青龍引退についての私見です。

私にとって朝青龍の引退は、「朝青龍」と「相撲協会」の「離婚」のようなものと位置づけています。
この結末は、どちらにも原因があり、どちらにも努力して仲を修復する機会があり、
また少なからずその努力はしてきた。でも、やっぱりこうならざるを得なかった…のかなぁと。

努力をしてきただと?なんて言うと怒る人がいるかもしれませんが、
離婚したという結末だけで、双方が努力をしなかったと言えますか?
もっともっと努力をすればお互いうまくやっていけたはずと、結論づけることはできますか?


結婚したときに、結婚後の生活の全てを予見できたワケではないように、
相撲協会は…いや、もっと言えば日本人は、朝青龍の入門時に、朝青龍を想定できませんでした。

これは相撲協会がバカだったから…だとしたら日本人は全員バカだったのです。
我々日本人は朝青龍から見た土俵を全く想像することができなかったのだから。


朝青龍が入門する数年前、旭鷲山がモンゴルのパイオニアとして関取になった時点で、
旭鷲山はモンゴルで屈指の富豪になりました。

このとき日本人は気づいていなかった。有史以来、「相撲」を通じて
これほど「権力」を持った人間はいなかったということを!
(以下、私の勉強不足もありますので反論があったらぜひコメ下さい)

日本の相撲の歴史においては、相撲が強かったからと言って
政治、あるいは経済的な権力を得られたのは、せいぜい「ムラ社会」の中だけであった。

国家レベルにあっては、相撲取りというのはときの権力者から俸禄をもらう身分であって、
個人として国家に影響を及ぼすような人物が現れなかった。
あるいは、そういう構造だった。

「一年を十日で暮らすいい男」と言われるように、力士は厚遇を受けることで
その身分に満足した。その構造は、戦後の貧しい時代まで基本的に同じだった。

いったい、これまでの関取のうち、誰が相撲で稼いだ金で国の経済を動かそうと思ったか。
せいぜい、親孝行とか、地元市町村とか、○○団体に寄付…程度の話なら
日本人頭が理解できる。

だけど、「国技」大相撲を抱える日本人が、国の歴史の教科書に「相撲取り」が載ることを
想像できる??旭鷲山はそういう存在なんですよ。

そして、朝青龍はその現実を目の当たりにして日本にやってきた。
朝青龍の目標は、最初から「国家的な英雄」になることだった。
「親孝行」程度の目標であれば、幕下であっても場所手当金の一部を仕送りすれば、
向こうで十分なお金になる。

このへんの価値観を、日本人は理解していなかった。
「ハングリー精神」などと言って、好意的に受け止めていたように思う。
しかし、前述の通り、単なるハングリーであれば、
幕下でも満たされる。それが故に伸び悩んでいると思われるモンゴル人力士も少なくない。


朝青龍の戦いは「名実ともに旭鷲山を超える」ことにあった。
モンゴルですでに偉大な地位を築いた旭鷲山を超えるためには、
角界の頂点に君臨するほかなかったと言える。

旭鷲山との一連の騒動は、表面上は小競り合いだけれども、
水面下では国家レベルの争いだった。

土俵が、いつの間にか外国の利権を争う舞台に変っていた。
これを土俵が国際的な影響力を持つ舞台に成長したと喜ぶべきなのか、
相撲の本質からかけ離れた忌忌しき事態とするのか。
相撲協会からはこれと言った回答はなかった。
少なくとも、長い相撲の歴史においてはなかったことだし、
国家のいざこざに口出しできるはずもない協会は
「あくまでも個人の争い」というほかなかったと言える。

このへんから、協会の及び腰は始まっており、
また朝青龍の暴走が始まるワケなのであるが…


前述の通り、朝青龍は他の力士とはモチベーションが圧倒的に違っていた。
故に嫌われた。昔の日本人力士のようでいて、
昔の日本人力士とは全く違っていた。

その土俵に現れる気概が、私は好きであった。
発想の違いがもたらすクリエイティビティに痺れた。

朝青龍が描く「相撲道」に期待もした。
道は、過去から未来に向かって伸びている。
朝青龍は晩年ほとんど稽古しなかったが、

私はそのとき、「稽古量」というのは、「神話」ではないかと疑問を持った。
一日一番相撲を取る体力があればいいのだから、
カタチを覚えなければいけない若手ならともかく、
数は重要ではないのでは…とか。

無論、私は力士ではないので、その答えは出せないのだが、
これまで「慣習」で通っていたことに石を投げ、考えさせてくれる存在だった。

はっきり言って、朝青龍とは友達になりたくない。
しかし、私は別に友達になれそうかどうかで、力士の好き嫌いを決めているワケではない。
むしろ強い人には、自分とは全く違う考え方を持っていてほしいと思ったりもする。
その方が、なんか納得できる。だから、私は朝青龍が嫌いじゃなかった。



だが、これまでの朝青龍に非がなかったのかと問われると、それは違うと答える。
「一般人への暴行事件」の事実関係がウヤムヤなままで迎えた引退も、私は納得している。

朝青龍は「品格」がなかった、と言われるが、私は

「横綱」をやりながら、一方で国家レベルのプロジェクトを推進するには
「人間的にまだ未熟だった」のだと思う。

朝青龍にはそれを行う金があり、現実にフィールドが眼前に広がっていた。
そんな朝青龍にとって、「巡業」などはさぞつまらない仕事であったことだろう。
白鵬を横綱に「させておいて」自分はモンゴルで~

そうしないと「心臓が…」とか仮病…とは言わんまでも、その気になればまだやれたくせに
国会議員目指して急にやめた旭鷲山に水を開けられる…

という気持ちだったのだろう。優先順位は当然、ダイナミックな仕事の方へ。
そして、自分を心地よく受け入れてくれる方へ。

そんなことを、誰のおかげでできるようになったかは忘れてね。

朝青龍に、このへんの調整能力があれば…と思うけれども、
ガッチガチの封建社会である相撲界とかけあって実現できることでもないしな。
朝青龍は「故郷の発展にとって良いこと」であれば、協会も協力してくれるという思いが、
どこかにあったのだろう。

そして、旭鷲山にはできたけれど、横綱という立場上、朝青龍にはできないこともあるという
歯がゆさもあったはずだ。もはや、地位も実績も自分の方が上なのに。

朝青龍と協会の思惑はここでもスレ違う。

私の知り合いに、協会で働いていた人がいたんだが、

協会内での朝青龍の評判の悪さと言ったら、まあなかったらしい。
そりゃ、そうだ。看板である横綱が、自身は協会の仕事をサボったくせに、
協会 にはいらぬ仕事を増やしてくるんだから。

また、タミル夫人への暴力などは、週刊誌に載る前にその人から聞いていたりした。
金と権力に目がくらみ、近しい人の信頼を失った。
普段からマスコミへの態度も悪かったから、記者の個人的な恨み、辛みもライドして
世間に報道された。

朝青龍が引退するハメになったのは、結局のところ「身内」のはずの協会に
「嫌われていた」から。朝青龍は、よく相撲をナメていると言われていたけど、
ナメていたのは、「迷惑をかけたことで協会に嫌われていたという事実」だと思う。



朝青龍は、あるときを境に尊敬する大鵬さんの意見をも聞かなくなったと言う。

朝青龍には甘言と、愛のある叱咤との区別がつかなくなってしまったようである。
引退の引き金になった件は、このへんの朝青龍の精神状態と関係があると思う。

調子に乗ったバカ野郎と言ってしまえばそれまでだが、
朝青龍はこれまで、あまりにもバッシングされすぎてきたのではないだろうか?

いや、バッシングもまあ適切な量なら必要であっただろう。
しかし、朝青龍の努力や実績に対して、
はたしてマスコミやファンは正当な評価をしてきただろうか?

期待した評価がなかったから、おだてるだけで裏で何企んでるのかわからんような
連中とのつきあいに流れ着いたのではないだろうか。

実は私は相撲を20年以上見ているにも関わらず、
ここまで朝青龍がバッシングされる理由が、いまだにわからない。
いや、たぶん相撲を見ているからわからないのだと思う。
たぶん多くの人は、相撲を見ながら、相撲以外のことを見ているのだ。

そして、相撲はそういう目で見ても、十分に楽しめるものだし、
相撲の中にあるストーリーは、相撲以外の部分から脚色されることも多く、
私もその見方を推奨するものである。

しかし、朝青龍から出るストーリーは「つまらない」「いらない」
という人もいる。日本人ではないからだそうである。
相撲らしくないからだそうである。

相撲協会の決断は、前述のような層に迎合した決断となった。
当然、朝青龍がやめたからと言って、そういう層が相撲に振り向くワケではない。
だが、相撲界が進むべき方向性を示したことは評価する。
方向性が合ってるかどうかは別にして

方向性については、「現状それも仕方ない」と思う。

たとえば、私自身はすでに10人の横綱の勇姿をこれまで見届けており、
横綱にも様々なタイプがいることを学習している。

ゆえに、朝青龍はこれまでにないタイプの横綱として、
前例との比較を持って受け入れることができる
(あるいはそれを持って否定する人もいよう)

しかし、今角界に入る15歳の子にとって、例となる横綱は
朝青龍と白鵬の二人だけだ。相撲早熟っ子はあるいは武蔵丸や
貴乃花の晩年を覚えているかもしれないが、今の子供たちにとって
横綱といえば朝青龍なのだ。

もし、朝青龍しか範がないとすれば、それはやっぱりどうかと思うし、
彼らにあるべき姿を教えるための批判は必要だとは思う。

協会は、朝青龍を引退させ、さらに部屋の外国人枠を減らして
新たな外国人を入門させるために、外国人を帰化させることを禁止した。

これも、今後の方向性を定めるまでは妥当な措置だと思う。
ノーモア朝青龍を掲げるのはいいが、欠如していたことはなんだったのか。
また、今後外国人を入門させるにあたり構築すべきものは何か。
ということを前向きに検討してもらいたい。

精神性の統一なのか、合理化なのか。

単なる外国人排斥では、全世界にいる相撲ファンに申し訳ない気がする。
(気がするだけで、当の外国人ファンには逆にエキゾティックでウケるかもだが)


それにしても、最近の日本人は、外国人の活躍を認められるほど、
精神的に余裕がないようである。
今は、力道山の時代にまでレベルが退行してしまったのかもしれない。
作られた最強でもいいから、日本人最強が見たいようだから、
最後に、もしも大相撲春場所の番付が、日本人だけだったら…
というのを書いて、締めることにする。外国出身力士を番付表から外し、
関脇以下の力士は外した分だけ繰り上げています。ではどうぞ。

東/西
横綱     
大関 魁皇/琴光喜
関脇 豊ノ島/稀勢の里
小結 安美錦/若の里
前1 豪栄道/琴奨菊
前2 土佐豊/豊響
前3 豊真将/栃煌山
前4 雅山/垣添
前5 岩木山/豪風
前6 嘉風/北太樹
前7 霜鳳/北勝力
前8 隠岐の海/高見盛
前9 玉乃島/嗟牙司
前10 武州山/若荒雄
前11 将司/栃乃洋
前12 土佐ノ海/安壮富士
前13 木村山/境澤
前14 清瀬海/琴春日
前15 旭南海/海鵬
前16 千代白鵬/豊桜
前17 普天王/若天狼
前18 山本山/佐田の富士

十1 徳真鵬/霧の若
十2 白乃波/玉飛鳥
十3 春日錦/益荒海
十4 大道/松谷
十5 上林/佐田の海
十6 寶智山/十文字
十7 青木/剣武
十8 栃乃若/琴禮
十9 駿河司/双大竜
十10 琉鵬/芳東
十11 鳥羽の山/大翔湖
十12 富士東/宇映
十13 薩摩響/宝富士
十14 吐合/佐々木

新十両の佐田の富士がいきなり新入幕??
これはこれでなんだか楽しそうw

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この記事へのコメント

shin2
2010年03月15日 00:34
>>たぶん多くの人は、相撲を見ながら、相撲以外のことを見ているのだ。
同感です。
貴乃花親方も、その相撲に対して正当な評価をされることなく現役生活を終えた横綱だったと思います。
まあ彼の場合、家族と親戚の大半が有名人という特殊な環境下にあったワケですが、でも、朝青龍や貴乃花についてコメントするヤカラの大半が、幕内力士の名前10名言えないような連中なんですな。

本場所が始まったら、土俵の上を見よう。
「元朝青龍関」(朝日新聞の表記。まあドルゴルスレン・ダグワドルジ氏ではダレのことワカランよな)頼むから本場所中はおとなしくしててねww
ミムステ
2010年03月15日 01:32
>shin2さん
貴乃花と朝青龍の関係性についても書きたかったんですが、本文では割愛したのでコチラで。
貴乃花も現役時代、マスコミからの圧力に対してだんまりを決め込んだり、同じ言葉の一点張りだったりして、マスコミからはかなり評判が悪くて、それが元でかどうかはわかりませんが、一時はお兄ちゃんが善玉、貴悪玉という時期もありましたね。
貴乃花の場合は、入門の頃から騒がれることを覚悟していたでしょうから、朝青龍のマスコミへの悪態については思うところがあったと思います。
「暴言を吐くなんてとんでもない。俺が何度その言葉を飲み込んできたことか」
実際にはストレスを外に発散してきたか、内に溜め込んできたかの違いだけだと思うんですが。
貴乃花は内に溜め込んできた分、孤高だったというか、周囲の力士に対しても心を閉ざしていたように思います。その点、正直積極的なリーダーシップにおいては欠ける部分があったことは否めません。
今、貴乃花が改革に乗り出そうとしているのは、当時横綱として全体のことを見渡す余裕がなかったことへの反省とも取れます。
また、自身のストイックさが災いして現役生活を早め、結果朝青龍に「背中で教えることができなかった」ことも関係あるのかな、と。
同じ大横綱でも、北の湖や千代の富士は朝青龍擁護派だったのは興味深いところです。北の湖や千代の富士は、「大横綱」としてのプレッシャーを知っているが故に、温情を示したけど、
貴乃花の場合は「俺の覚悟はそんなものじゃなかったんだ」という意識から、朝青龍を切り捨てた。
事実、北の湖や千代の富士の肩にかかっていたプレッシャーと、貴乃花にかかっていたプレッシャーには差があったと思う
ミムステ
2010年03月15日 01:33
>shin2さんへのコメントの続き

自分が白鵬派であるのは、やはり貴乃花の影響が大きいのです。双葉山を自分はちゃんと見たことはないんですが、少なくともそれ以降の横綱では、もっとも横綱らしい相撲を取っていた。

ただ、彼にはあまりにも雑音が多すぎた。

白鵬は、貴乃花に匹敵する才能がある上に、彼のような異常なプレッシャーと戦うこともないであろうことが予見できた。だから、貴乃花も到達できなかった境地に行けるんじゃないかなぁ…という期待をしているんですね。
白鵬の相撲が高みに達するために、朝青龍というライバルは本当に重要だったのですが…
しかし、重要ではあったが、必要でもないと思いますので、今後も期待して見て行こうと思います。
ミッチー
2010年09月01日 01:03
朝青龍が大横綱の話を聞かなくなったというのは、サッカー問題か3場所休場を指摘されたからですか?理由が知りたいです。日本人は魁皇意外では平幕のホウマしかいないけど、外人大関3人の誰かには横綱になってもらいたい。じゃないと5年は一人横綱が続くと思う。
ミムステ
2010年09月03日 21:22
>ミッチーさん

コメントありがとうございます。大鵬の話を聞かなくなったというのは、雑誌でサラッと読んだだけなので明確な時期はわかりませんが、

朝青龍はすでに力士というより「実業家」になっていたということだと思います。尊敬する先輩横綱だけど、同じレールの上は歩かないよ、という意思表示だったのかな、と。そして、そのスタイルで大鵬さんを超えようと思っていたんでしょうね。

白鵬を超える力士は、たしかに5年は現れないでしょうね。白鵬に次ぐ2番手力士が誰になるかという感じ。5年も経てば、例えば晩年の貴乃花に武蔵丸が立ちはだかったように、誰かが一芸を覚えて白鵬を苦戦させるかもしれません。

外国人3大関は一応そのくらいの素質はあると思います。
日本人でそういう力士を作りたければ、オリンピックメダリスト級の子供が入門してくれないと厳しいでしょうね

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